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日常 のアーカイブ
お弁当にまつわる話こもごも。
秋になって子ども達は運動会に遠足に大忙し。
昨日もやれみかん狩りだ、
今日もキャンプに遠足とみんなそれぞれの秋を楽しんでいるようですが、
それに合わせて忙しいのは親ですね。
うちは、今日は子ども二人がお泊りキャンプと近くに遠足だそうで
昨日の夜から荷物作りにお弁当と忙しく、やっと送り出して
ほっと一息したところです。
多くの親御さんが、こんなとき一番面倒と思うのは、お弁当かもしれませんね。
一番楽しみにしている手作りのお弁当と思うと気合が入るものですが、
あまり気合を入れて凝ったものを作っても食べづらかったり、
せっかく作ったんだからとつめすぎてしまうと
食べ切れなくて残してしまう。
そんなことを見越してか、最近の遠足などのお便りには、
『食べ切れるだけのお弁当』
なんてあらかじめ書かれています。
私のお弁当体験といって思い出すのは、高校時代。
食堂はあってもそれは、部活の合宿などで使用するぐらいで
いつもがらんとしていたのを覚えています。
みんなで他の学校のようにお昼にランチを提供してくれたらいいのになんて
文句を言ったときもありましたが、先生いわく、「女子たるもの
自分の食事は自分で作れなければなりません。ですから当校では
食堂は営業いたしません。」とのことでした。
100年近くも続く女子高で昔ながらの校風でしたから(制服生地で作った
ズボン(もんぺ)はOKなんて校則も存在していたぐらいです。)
これ以外にも、入学早々まず家庭科で夏用の制服のスカートを作る
ということをやらされたのにも驚きました。私は、せっかくなので自作の
スカートを3年間はき続けましたが、いち早く制服屋さんで購入なんて子も
中にはおりました。他にも、椿山荘でのフルコースマナー教育など
・・・・思い返せば、いい思い出です。
さて、そんな高校時代にもお弁当を作り続けた(半分は近場でパンなどを買っていました)私ですが、
私の子供にいたっては、給食も食堂さえもない学校に通っているので、今も毎日がお弁当で
この間「さていったいどれくらいの間子供にお弁当を作り続けているのだろう?」
と思い返してみたのですが、これがかれこれ8年は続けていました。
学校で業者にあらかじめ週に何回かお昼を注文をしておくこともできるのですが、
子供は業者のでは、「量が多すぎる」とか「あまりおいしそうじゃない」とか言いますし、
何より
「ママのがいい」
という言葉に支えられてがんばって毎日作っています。
毎日作っているとマンネリもしますが、子供がどれくらい食べるようになったかも
お弁当のサイズが大きくなってくることで分かりますし、
その日に何か残してくると「何かあったの?体調悪いの?」と
いち早く察知することもできていいことも結構あります。
家だとあまり食べないものでもお弁当に入れてあると「残したら悪いな」
という気持ちが働くのかきちんと食べてきますしね。
実は、私も一番毎日のお弁当作りで気をつけているのが「食べきれるだけの量」なんです。
子供は、本当にきれいに食べてきたときは、「見てみて!」と自慢して
お弁当箱を見せます。
そして私がとても喜ぶので、次に家ではあまり食べないようなものが入っていたとしても
お弁当ならちょっとだし、食べたらまた自慢できると思うようです。
L.S.Wataruには、NYから帰国した子が通っているのですが、
その子が通っていた学校は面白くて、毎日各家庭で作ったランチを一つに集めて
その中から好きなランチを各自とって食べていたのだそうです。
他の家庭の味が楽しめるというユニークなものです。
日本と違ってサンドウィッチがメインですから
そこまで差はないでしょうが、お母さん方も気が抜けませんよね。
X-Menの俳優さんの息子さんも同じクラスだったそうで、
そんなハリウッド俳優さんのお宅の食事もいただけてしまうというわけです。
そういえば、L.S.Wataruの1階にあったお弁当屋がなくなってしまいました。
受験生達たちも飲食店・弁当屋が多い池袋とはいっても、さすがに
毎日のお昼を考えるのが面倒になってきたみたいです。
そんな生徒を見ていると
いつかは、塾に食堂もつけてあげたいなあと思います。
来月からは、冬期講習になります。
冬期の大学受験生の予定は決定いたしました。
ぜひ、みなさんいらしてください。
昨年同様、特に長文読解講座などは締め切りが予想されますので
お早めに。
お申し込みは、当校まで!
献血
- 2009-09-16 (水)
- 日常
池袋には、献血を常時できるところが何箇所かあります。
ずっと、気になっていた + 代表も行きたい
というのでこの間の午前の授業がないときに行ってみることにしました。
代表は、かなりむかーしに一度やったことがある、
今回は体調管理の一環として成分検査してみたいしとのこと。
私といえば、血を見るのがだめ。
しかも、どちらかといえば貧血気味の人。だったのですが、
「もうそろそろ、人としてやらなきゃいかんだろう。」
ということで、決心。。。
いつも、一生懸命「献血をお願いします!」と入り口で呼びかけている人に教えられ
階上の部屋に行ってみると、意外に広くて人もいる。
結構、献血する人は定期的にしてるんだなあと
今までの自分の不甲斐なさを反省。
手続きは、簡単で飲みものやお菓子も好きに食べたり飲んだりして
待っていて良い。
「なかなか快適だなあ」
「ついでに骨髄バンクの登録にもチャレンジしてみようかな」
と、パンフをながめていると名前を呼ばれ何人かで移動することに。
すると、今度は、さっき記入した自己申告書をもとにお医者さんが
一人一人を診断する模様。
自己申告書では、渡航暦などを聞かれていました。
まずは、代表の番。
しばらくして出てくると、いまいち浮かない顔。
なるほど。。
どうも、たまたま飲んでいた薬が良くなかったらしく、また次回と言われたらしい。
でも、これは想定内のこと。
代表は、何かといろいろある方なので。
これは、あるかもと実は、二人とも予想していたので仕方ないねということになりました。
次は、自分。
薬は何も飲んでないし、特に体の悪いところもない。
血圧も測られたけど、もちろん異常なし。
あー、私だけやることになるのか。時間どれくらいだろうと思ったとき、
「あなたイギリスに行ったのは、本当にこの時期?」
そういえば、さっきの自己申告書にそう書きました。
「はいたぶん。その時期です。ぎりぎりその期間に入らないかもしれないけど
たぶん、その期間内です」
「これね、この時期に行ってる人はみんな献血できないことになってるんだよ」
「へ??
」
「狂牛病がイギリスではやったでしょ。この頃。
で、まだきちんと解明されてないから世界的にみんなイギリスにいったことのある人は
献血できないの」
「私が狂牛病?」
「べつに、かかったかどうか分からないけど、キャリアとみなされるんだよ」
「だから、解明されるまで永久追放です」
ガーン
そんなーーーー
えっ永久追放?!!
そんな落とし穴があったとは。
よく分かりませんが脳がスカスカになって萎縮しちゃって三日で死んじゃう
とまで、説明されました。(あくまでも牛のことですが)
20年で発症といわれたので、
「じゃあ20年たって大丈夫と分かったら献血できるんですか?」
とついでに聞いたら
「だから、解明されるまでは永久追放なんですってば」
と、またもや言われてしまいました。
かなり、この言葉は脳に響きます。
これ以上は本当に発症しそうなのでいろいろ聞くのをやめました。
代表曰く、
「いやあ、俺がだめだって言われた時は、ちょっとえーっと思ったけど
狂牛病って聞いたらたいしたことないな。
おれ、今度できるしー」
「・・・・・・・」
意外な自分のキャリアを知って複雑な一日でした。
一日も早い解明を願っています。
でも、その期間って10年ぐらいあるので相当の人が献血だめになっているんじゃないでしょうか?
イギリス人同士なら輸血しても大丈夫だそうです。(みんなキャリアとみなされるので)
なので、私の血は、イギリスでは役に立つ。
あの頃、一緒に旅行に行った友人たち。
最近はぜんぜん会わないけど、久しぶりに心がつながった気がしたよ。
同士よ。
みんな知ってるかなあ?
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